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高知地方裁判所 平成7年(ワ)22号 判決 1996年3月19日

原告

松原義正

ほか一名

被告

谷田智和

ほか一名

主文

一  被告らは、各自、原告らに対し、それぞれ金七三八万円及びこれらに対する平成六年三月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、これを五分し、その一を原告らの、その余を被告の負担とする。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  この判決は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

被告らは、各自、原告らに対し、それぞれ金三四五二万四六八〇円及びこれらに対する平成六年三月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告谷田智和(以下「被告智和」という。)運転の原動機付自転車に衝突されて死亡した亡松原和徳(以下「亡和徳」という。)の両親が、被告智和に対し民法七〇九条により、右原動機付自転車の所有者である被告谷田榮一に対し、自賠法三条により、損害賠償請求をした事案である。

一  前提事実

1  事故の

(一) 発生日時 平成六年二月一日午後六時五分ころ

(二) 発生場所 高知県土佐郡土佐町土居一三八七番地東方約四〇〇メートル先道路上

(三) 加害車両 原動機付自転車(土佐町え八四八号)

(四) 運転者 被告智和

(五) 被害者 亡和徳

(七) 事故態様 亡和徳が、車道の左側白線(外側線)付近をランニング中、後方から時速約四〇キロメートル(原告らは、それ以上の速度であつた可能性を示唆している。)で走行してきた被告智和運転の原動機付自転車に衝突されて転倒し、脳挫傷の傷害を負い、同月一八日死亡した。

2  被告らの責任原因

被告智和は、制限速度を守り、前方左右を注視しつつ進行すべき注意義務があるのに、道路ランニング中の原告に気付かず漫然進行した過失があり、民法七〇九条により、被告谷田榮一は、加害車両を所有し、被告智和に運転させ、自己の運行の用に供していたので自賠法三条により、それぞれ原告らの被つた損害を賠償すべき責任がある。

二  損害額について

1  原告らの主張 総額九九〇四万九三六〇円(うち左記(一)ないし(三)及び(八)、(九)の費用は、原告らが均等に負担し、その余は各二分の一の割合で相続した。なお、(一〇)の三〇〇〇万円を差し引くので、本訴で請求するのは、原告ら合計で六九〇四万九三六〇円である。)。

(傷害関係)

(一) 診断書料(三通) 一万二三六〇円

六一八〇円+四一二〇円+二〇六〇円=一万二三六〇円

(二) 入院雑費 二万七〇〇〇円(一日一五〇〇円として一八日分)

一五〇〇円×一八日=二万七〇〇〇円

(三) 看護料 二八万〇八〇〇円(両親と両親の兄弟夫婦らで常時四人が泊まり込みで昼夜看護したが、一日につき一人につき七八〇〇円を二人分、一八日間として計算)

七八〇〇円×二人×一八日間=二八万〇八〇〇円

(四) 慰謝料 三二万円

(五) 休業損害 七万九二〇〇円

四四〇〇円×一八日=七万九二〇〇円

(死亡関係)

(六) 慰謝料 二五〇〇万円

(七) 逸失利益 六五六三万円

(1) 亡和徳(昭和四九年五月九日生、死亡当時一九歳)は、平成五年三月、大栃高校を卒業し、財団法人木材研究所人材養成センターでの一年間の研修終了直前に本件事故に遺遇したもので、右研修後一年間県外で実地の研修を経験し建築士の資格をとり、将来建築請負業を営む目的で勉強中の、真面目で成績優秀な心身とも健全な青年であつた。

現在大工の人夫賃金は一日一九〇〇〇円であるので、月二〇日しか働けないとしても月収三八万円を下らない。和徳の勤勉で親孝行な性格からすれば、あと一年の研修を終えれば、少なくともその程度の収入をあげるのは可能であり、将来独立して請負業を営む可能性を考慮すれば、研修期間中の給与を基礎として逸失利益を算定するのは不合理である。また、亡和徳は、必ずしも大工になるとも限らず、あらゆる可能性が考えられる。

よつて、賃金センサスによる男子労働者の産業計・企業規模計・学歴計の全年齢平均賃金額を基準として収入額を算定したうえで、ホフマン式計算法により逸失利益を算定するのが相当である。

五四四万一四〇〇円×(一-〇・五)×二四・一二六=六五六三万九六〇八円

(2) 仮に、職業を限定して、大工の収入によつて算定すべきとしても、大工一般工の賃金だけでなく、大工職の賃金も考慮すべきであるし、それも平均賃金で算定するのが合理的である。その場合の金額は、右同様に計算すると約五一三〇万円となる。

(八) 葬儀費用 一七〇万円(左記費用のうちの一七〇万円)

(1) 葬儀代 九〇万円(南国葬祭センターへ支払)

(2) 法要費 三六万九五〇〇円(葬儀当日、四九日、お寺への謝礼八万円を含む。)

(3) 石碑代 五〇万円

(九) 弁護士費 用各三〇〇万円(原告ら合計六〇〇万円)

(一〇) 損害の填補 自賠責保険から各一五〇〇万円(合計三〇〇〇万円)の支払を受けた。

2  被告らの主張

(一) 死亡慰謝料 一五〇〇万円ないし二〇〇〇万円が相当である。

(二) 逸失利益

亡和徳は、事故当時一九歳で、大工見習いの研修生であつたから、その逸失利益は、研修終了時の大工の賃金月額一四万円を基準にして算定すべきである。

原告らは、大工の全年齢平均賃金を基準にして算定すべきであると主張するが、亡和徳は、大工見習いの研修生にすぎず、未だ大工になるかは未確定であり、まして、大工になつてから大工としての平均収入を得られるようになるかは甚だ疑問である。したがつて、仮に一歩譲つたとしても、研修終了時の大工の賃金を基準とすべきである。

百歩譲つても、大工の全年齢平均賃金を基準にするのは社会的にみて相当性を欠く。したがつて、一九歳の大工一般工の平均賃金(二〇万〇八〇二円)を基準にして算定すべきである。

(三) 葬儀費用 法要費、石碑代を含め、一二〇万円が相当である。

(四) 弁護士費用 合計六〇〇万円は、高額不当請求である。

三  過失相殺について

1  争いのないあるいは証拠(甲六、一七の一ないし六、乙一、二、四の三、四、六、七、九、被告智和本人)により容易に認められる事実

(一) 事故現場の状況

本件事故現場は、非市街地の、国道四三九号線上の、ほぼ東西に通じる、歩車道の区別のあるアスフアルト舗装の直線、平坦な道路上であり、車道幅員は四・二メートル、車道の北側外側線の北側に幅一・一メートルの余裕(以下「中間地帯」という。)があり、その更に北側に幅一・二メートルの歩道が設けられている。四輪車の制限速度は五〇キロメートル毎時となつている。

本件事故発生当時は暗く、霧雨状態であつた。道路照明は、衝突地点から西方約二〇メートルのところの道路南側の電柱に蛍光灯が設置されているが、その灯火は衝突地点までは及ばない。

(二) 事故発生状況

亡和徳は、駅伝大会に出場するための練習中で、黒色Tシヤツ、黒色ジヤージ、紺色ズボンを着用し、集団から遅れて離れ、現場付近を西方から東方に向かつて一人でランニング中であつた。

被告智和は、加害車両を運転して、薄い黒色に着色されたフルフエイスのヘルメツトをかぶり、現場付近を西方から東方へ向け走行してきたが、亡和徳に気付かず、同人に後方から衝突した。

2  衝突地点について

(一) 原告らの主張

(1) 亡和徳が走つていた地点は、歩道の南側で、車道の北側外側線の北側(歩道寄り)の中間地点内である。したがつて、衝突地点は、車道内ではなく、車道の外側である。

なぜなら、現場の北側外側線の北側には加害車両が転倒して刻した五条の擦過痕がついており、したがつて、追突された亡和徳が走つていた地点も外側線より北側であると推認されるからである。

(2) 仮に、亡和徳が右外側線上あるいは車道内を走つていたとしても、精々二〇センチメートル程度である。

(二) 被告らの主張

亡和徳は、車道の北側外側線の南側、すなわち中間地点からはみ出た、人の通行を許されていない車道上(歩道南端から約一・六メートル、北側外側線からは約五〇センチメートル車道側の地点)を、集団から離れたはるか後方のところを一人でランニング中であつた。

3  過失割合について

(一) 原告ら

右1、2(一)の事実及び亡和徳は、マラソンの集団練習中で、マラソンは車道左側を走るのがルールであつて、練習もそれに従つてやつていたこと、被告智和は、かなりの高速(時速約四〇キロメートルではない。)で走行していたと推測されることなどに照らせば、亡和徳に過失はなく、被告智和に一〇割の過失があり、仮に亡和徳に過失があるとしても、精々五ないし一〇パーセントである。

(二) 被告ら

右1、2(二)の事実に照らせば、亡和徳の過失は三ないし四割をもつて相当とする。

四  争点

1  損害額

2  過失割合

第三争点に対する判断

一  損害額(弁護士費用を除く。)について

以下の、総額五四二七万三一九三円(うち1ないし3及び8の費用は、原告らが均等に負担し、その余は各二分の一の割合で相続した。)と認める。

(傷害関係)

1 診断書料(三通) 一万二三六〇円(甲第九号証の一、二、四)

六一八〇円+四一二〇円+二〇六〇円

2 入院雑費 二万三四〇〇円(一日一三〇〇円として一八日分)

一三〇〇円×一八日=二万三四〇〇円

3 看護料 二八万〇八〇〇円(両親と両親の兄弟夫婦らで常時四人が泊まり込みで昼夜看護したが、一日につき一人につき七八〇〇円を二人分、一八日間として計算。甲第七号証)

七八〇〇円×一八日=二八万〇八〇〇円

4 慰謝料 二七万円が相当

5 休業損害 六万三七〇四円(亡和徳の平成五年一一月から平成六年一月の間の給料は、合計三二万五六〇〇円であるから、九二日で除すると一日平均約三五三九円であり、その一八日分。甲一〇の一)(一〇万五六〇〇円+一一万円+一一万円)÷(三〇日+三一日+三一日)×一八日=六万三七〇四円

(死亡関係)

6 慰謝料 二〇〇〇万円が相当

7 逸失利益 三一九二万二九二九円

死亡当時一九歳の亡和徳は、平成六年三月に財団法人木材研究所人材養成センターの研修を終了し、その後一年間県外で実地研修を行つた後、建築士の資格をとり、その後一人前の大工として稼働できたものと認められる(証人谷田榮一、弁論の全趣旨)。したがつて、亡和徳の逸失利益の算定については、大工の平均収入を基礎に算出するのが相当であると一応考えられる。

ところで、大工の平均収入を示す証拠として、以下の四種がある。

(一) 三省協定賃金調査(一九九三年(平成五年)一〇月調査。甲一四)では、全国平均で八時間当たり二万二〇四四円

(二) 職種別調査額一覧表(平成六年一〇月調査。甲一八の三)では、全国平均の数値はないが、高知県で八時間当たり二万二九八九円

(三) 人事院給与局編「民間給与の実態」(平成六年一二月発行。乙七)では、大工一般工の平均月額給与は二九万四三二二円、うち時間外手当が四万〇〇七七円

(四) 高知労働基準局提供の「屋外労働者職種別賃金調査」(平成六年八月分。調査嘱託の結果)では、全国平均で一日平均一万五一二〇円、月平均実労働日数二二・三日(月額三三万七一七六円となる。)

となつている。

右(一)、(二)はほぼ同じ額なので、平均を取つて約二万二五〇〇円とすると、月二三日働く(調査嘱託の結果によると、大工の月平均稼働日数は、全国平均で二二・三日、高知県で二三・三日となつている。)として月額五一万七五〇〇円(年額六二一万円)となり、右(三)の人事院における調査結果(年額三五三万一八六四円になる。)や(四)の調査結果(年額四〇四万六一一二円になる。)と比べかなりの隔たりがある。

そこで、右いずれの数値を採用すべきかを検討するに、調査嘱託の結果によると、亡和徳が研修を終えた財団法人木材研究所土佐人材養成センターでの研修を終了した建築士(大工)の賃金額は、平成六年二月当時で月額一一万円、その者が二年弱後の平成七年一二月段階で得ている収入は月額一四万円となつているところ、年令別の平均賃金額が示されているのは、右(一)ないし(四)の調査の中では一番低額を示している右(三)「民間給与の実態」だけであるが、それによる金額(二〇歳未満が月額二〇万〇八〇二円、二〇歳以上二四歳未満が同二二万五八七四円)よりも明らかに低額となつている。

そうすると、財団法人木材研究所土佐人材養成センターでの研修を終了した建築士(大工)の実際の賃金、すなわち亡和徳の将来の予測収入額は、右(一)ないし(四)のいずれの額よりも低額であると推認するのが合理的と言える。しかし、右(三)の額よりどの程度低い額であるのかは必ずしも明らかではなく、二〇歳未満、二〇ないし二四歳の金額との比較から、概ね右(三)の金額の七割程度などと推認するのも、若年の間の収入については可能かもしれないが、長い将来の収入予測の基礎とするのは不合理である。よつて、証拠上最も近い数値と認められる右(三)の金額を採用することとする。

そこで、亡和徳が六七歳まで四八年間稼働できるとして、生活費控除割合を五割としてライプニツツ式計算法により中間利息を控除する(原被告とも新ホフマン方式を前提としているが、ライプニツツ方式の方が妥当と考えられる。)と、以下のとおり三一九二万二九二九円となる。

三五三万一八六四円×(一-〇・五)×一八・〇七七一=三一九二万二九二九円)

8 葬儀費用 一七〇万円(原告の請求内容は相当と認められる。甲一一ないし一三(枝番を含む。))

二  過失相殺について

1  衝突地点(亡和徳がランニングをしていた場所)は、車道北側外側線の北側(中間地帯内)か南側(車道内)か。また、車道内とした場合、亡和徳は、どの程度車道内に入つてランニングをしていたかについて。

証拠(乙一、四の一、三、五、六、七、一〇、証人矢野久紀、被告智和本人)によれば、衝突地点は、車道内で、歩道南端から約一・六メートル(北側外側線からは約五〇センチメートル)車道側に寄つた地点と認めることができる。確かに、加害車両が転倒してできた擦過痕は、中間地帯内に刻されているが、右証拠によれば、本件事故は、加害車両のカウリング(風防)の右側が、亡和徳の左側の背中と腰の中間付近に当たつたものと認められ(なお、原告らは、加害車両の左側が、亡和徳の右後背部に衝突した旨主張しているが、亡和徳の着衣を直接見聞し衝突痕を確認した上での矢野証言を左右するものではない。)、そうすると、加害車両のハンドルがとられて中間地帯に倒れて、ハンドルやステツプの先が中間地帯の路面を擦つたことは十分考えられるから、右認定を左右することはできない。

2  亡和徳が車道内をランニングしていたことは適法か

原告らは、集団でのマラソン練習は車道左側を走るのがルールである旨主張するが、そのようなルールの存在は明らかではなく(なお、道路交通法一〇条、一一条等参照)、また、仮にそのようなルールがあつたとしても、亡和徳は、集団から遅れ、単独で走つていたのであるから、そのルールが適用される場面ではなく、いずれにしても同人は歩道上を走るべきであつたと解される。したがつて、亡和徳のランニング状態は車道を走つていた点で道路交通法に違反するものであつたというべきである。

3  被告智和の走行速度について

証拠(乙四の一、三、被告智和本人)によれば、被告智和は、制限速度を約一〇キロメートル超える時速約四〇キロメートルで加害車両を運転していたものと認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

4  以上右1ないし3の各事実及び前記第二の三1の争いのない事実等、殊に霧雨の降る夜間、亡和徳が発見しにくい服装でランニングしていたこと、及び被告智和が着色されたフルフエイスのヘルメツトを被つていたこと等に照らせば、過失割合は、亡和徳が二割、被告智和が八割と考えるのが相当である。

三  過失相殺後の損害額(弁護士費用を除く。) 四三四一万八五五四円

五四二七万三一九三円×(一-〇・二)=四三四一万八五五四円

原告らは、自賠責保険から各一五〇〇万円、合計三〇〇〇万円の支払を受けた(争いがない。)から、これらを各損害に充当すると、弁護士費用を除いた損害のうち、被告らが負担すべき金額は合計一三四二万円(一万円未満四捨五入)となる。

四  弁護士費用 一三四万円が相当である。

よつて、原告らの請求は、右損害額合計一四七六万円(一三四二万円+一三四万円)の二分の一ずつである七三八万円ずつ及びこれらに対する本件事故の後である平成六年三月一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

(裁判官 久我泰博)

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